『人間動物園』 連城三紀彦 著

人間動物園 (双葉文庫)

人間動物園 (双葉文庫)

雪の埼玉で大物政治家の孫娘が誘拐された。母親が一人残っている被害者宅には、犯人の盗聴器が張り巡らされていて近付けない。発田、朝井ら捜査官は隣家から様子を探り、筆談を交わすことで徐々に事件の概要を把握していく。一方で発田は、この誘拐事件に先立って起きた山羊の轢き逃げ事件や、犬猫の誘拐事件が気になっていた。
序盤の犬猫誘拐、山羊の轢き逃げをはじめとして、明らかに伏線と分かる要素が多数散りばめられていて、誘拐事件の構造が幾通りにも解釈できるため先へ先へと読み急ぐことになる。誘拐というカテゴリでは今まで見たことのない展開が続き、中盤まで緊張感が持続する構成は素晴らしい。ただ、序中盤が良い分、真相が分かってからは少し尻すぼみな印象になってしまった。
著者独特の詩的な叙景表現が、(少しこってりし過ぎな感はあるけれど)全編に深みを与えている。

風が弱まり、雪は無数の針と太い糸で垂直に地を突きながらいよいよ純白の絨緞を厚く織りあげていく。笠井署の捜査本部の窓から見える駅前通りは不毛の雪の砂漠と化していた。白い廃墟、美しい地獄−−誘拐というなら町自体が白い魔手に誘拐され、縛り上げられ、身動き一つ許されず閉じこめられているのだった。本当に訪れるかどうかわからない朝が太陽という身代金を支払ってくれる瞬間をただ虚しく待ちながら……麻痺しはじめた神経がそれまでもつかどうかもわからずに。(p.85)