『夜市』 恒川光太郎 著

夜市

夜市

異世界をテーマにした「夜市」「風の古道」の2編を収録。
短編「夜市」に現れる異世界は、買い物をしないと出られないという境界条件をもつ"夜市"。かつてこの夜市で弟を置き去りにすることで買い物を達成し、逃げ帰った男の物語である。
こんな息苦しい感じの夢を見たことあったような。エンドレスに同じようなところを歩き回り、どうしたらそれが終わるのか分からない夢。夢だとは分かっているんだけれど見続けなければならない感じの。そうやって現実との距離感がつかめているところも本作の夜市と似ていた。
そんな既視感と戯れながら読み進むと、あるところで突然景色が変わった。忍者屋敷の回転扉でいきなり反対側の部屋に入れられた感覚である。鮮やかだった。
この後は、著者の作り出す異世界に浸りながら、余韻たっぷりのエピローグまで一気に読んでしまった。曖昧な異世界(夜市)に取り込まれる不安が全編で漂い、雰囲気が出ていた。
ところで、夜市から帰らなかった者は現世から見ると存在が初めからなかったことになる、というドライな設定がなされている。この設定は、立場によってはある種甘美でもある。この、主題からは外れた、しかし現実を逆説的に眺められる部分に、しばし思考を巡らせたことをメモしておく。