『「わたしと仕事、どっちが大事?」はなぜ間違いか』 谷原誠 著

弁護士の論理的な交渉術を日常生活に当てはめて紹介した本。

「わたしと仕事、どっちが大事なの?」
「私はコピーをとるために会社に入ったのではありません」
「並ばなきゃいけないなんて誰が決めたんだよ?」
「他の人もみんなやってるよ」
「商売人には政治のことなんかわからないんだ」

こういった言葉の論理的な欠陥を指摘して議論を有意義な方向に誘導する手法が満載である。
まずは、三段論法、原則と例外、論点整理、門前払い、異同論法、言葉の定義、帰納法といったところから。
続いて、相手の主張を逆手にとり「大火事」にしたり、立証責任を相手に負担させたりすることにより有利に議論を展開する手法を紹介している。
さらには、一見論理的だが実は非論理的、といった主張に対する切り返し方も豊富な事例を交えて提示している。例えば、勝手に設定した前提に立って判断を迫る「誘導尋問」、誤った結論を二択で選ばせる「二者択一誤導尋問」、その他、循環論法、誤った例え話、論点のすり替えなど。
ディベートのように一定のルールにのっとった議論のみならず、場外乱闘的に吹っかけられてくる非論理的な議論への対処法が提示されている点で「実用的」である。
この本の交渉術のキモは、大まかに2つに分けることができそうだ。
1つは、議論のポイントがずれていないか検討して修正すること。「タバコ吸ってんのはオレだけじゃねぇのに何でオレだけ」、「商売人には政治のことなんかわからないんだ」、「だいたい、お前が○○だからじゃないか」なんてのは典型的。直接反論せず論点に戻るのがよい。
2つ目は、相手の質問に答える前に、その質問が妥当であるか検討すること。特に、その質問に自分が答える必要があるのか(立証責任)を考えることは、その後の議論の展開が大きく変わる点で効果が大きいように思う。本書の例は下記。

太郎「女性専用車両は廃止すべきだよ」
花子「そんなことはないわ。十分効果を上げているわ」
太郎「何だって。一体どんな効果を上げているって言うんだい?データを示してよ」
花子「それは筋が違うわ。あなたがまず女性専用車両を廃止すべきだと言ったんだから、あなたのほうこそ、その理由を明確にしてよ」

さて、身近な事例が多くて興味深く読める本書だが、実際に日常生活でこのような議論をやると、大抵は感情的な「ケンカ」に発展してしまいそうである(この点は、著者も何度か指摘している)。だいたい、議論に勝ったとしても、仕返しとばかりに別の場面で不利益を被ったりして、結果的に損することが多いのが世の常である。あくまで、悪質セールスから身を守る場合など、関係性が持続しない相手に対して適用するに留めておくのが良さそうだ。